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富士見高原療養所 富士病棟

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堀辰雄、竹久夢二、山口耀久、伊藤礼に共通することは?

彼らが一時期を過ごしたのが、富士見高原療養所。結核治療をするためでした。その療養所、富士病棟の一部が現在のJA長野厚生連 富士見高原医療福祉センター(旧、富士見高原病院)に残されていますが、老朽化と治療を充実させるため、今月10日より解体されることになりました。

ということで、昨日まで解体前の特別公開があり、いそいそと出かけてきました。

一日あたりの入院費は、一番安いベッドで、庶民の日給一日分に近い金額で、裕福な家庭の人しか入院することができなかったとのこと。写真もいくつか展示してあり、まるで海辺のリゾートのようにデッキチェアがならび、日光浴をしています。食事をつくる厨房も当時の最新の機材がならび、おいしいものを提供していたようです。

結核というと、当時は不治の病で、隔離病棟のイメージしかないのですが、このようなところがあったとは。

建物自体は一部一部改修はされていたようですが、さすがに古さは隠せないですね。1926年の建築だそうです。もう90年近く働いたわけです。ご苦労様でした。ちなみに、作家・堀辰雄の名作「風立ちぬ」は、ここでの入院中のできごとをもとに誕生したそうです。
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新東名を走ったぞ!

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先週土曜日、始めて新東名高速道路を走った!走りやすい!

パンフレットによれば、カーブの最小半径が3000m(東名は300m)、最大勾配が2%(東名は5%)、トンネル内の照明も見やすいです。

うーん、これは快適快適。途中、駿河湾沼津SAでおみやげを買いました。そして、三ヶ日JCTより東名高速へ合流すると、東名の設計の古さがよくわかります。最高速度60kmなんていう看板もあったりして。早く、豊田東JCTまで開通してほしい。

残念だったのは、夜間のため、眺めがよくわからなかったことかな。そして、途中で悲惨な事故を目撃してしまいました。報道によると、新東名での初めての死亡事故だったとか。まだ警察や救急車が到着しておらず、車のボンネットから煙があがり、当事者が携帯で連絡をとっていた状況でした。安全に帰ろうと自然に気合いが入りました。

プール開き

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継続は力なり
さぼると疲れ激増

昨日、久~しぶりにプールへ。今年初です。プールは年中開いているのですが、自分の中では昨日がプール開き。

本当に久しぶり。結局350m位泳いで満足。シンクロ選手にはウォーミングアップにすぎない距離ですが。おまけに今日になって全身に筋肉痛が。登山とは使う筋肉が異なるのを実感中。

継続的に行くと「水をかぐ」という感覚をつかめるけど、ひさしぶりだと、ぜんぜんダメ。

ちなみに、泳いだプールは諏訪湖沿いのすわっこランド。夜8時以降は300円でプールやジム、温泉を使えます。きれいなプールで30分ほど泳ぎ、温泉へ直行。温泉がもう少しステキだと申し分ないのですが、贅沢を言わないようにしましょう。登山に行かない週末だけ行くことにしようかな。

辰年

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京都の話題3回目。

辰年ということでもないが、龍を多く見た。昔から、龍は仏法を守る象徴らしく、仏法の教えを降らすということで、お坊さんが説法をとく法堂の天井には、龍の描かれているところがある。

今回見た中で印象深いのは3つの龍。同志社大学北にある相国寺の法堂に描かれた龍。大徳寺の法堂の龍。そして、妙心寺の龍。いずれも豪快かつ繊細に天井に描かれている。

法堂の中を龍を見ながらぐるっと歩くと、上り龍になったり下がり龍になったり、横に寝そべったりと、見る角度によって変わる。しかし、龍の目は絶えずこちらを見ている。いわゆる八方睨みなのだ。

また、特定の位置で手をたたくと、龍が鳴いて返事をする鳴き竜なのだ。相国寺と大徳寺では手を叩くことができ、龍がしっかり返事をしてくれた。

正確にはわからないが、大本山と呼ばれる、各流派の親分の寺の法堂に描かれているときが多いようだ。ということで、必然的に京都には龍が多くなる。ということは、ドラゴンズファンが多いのかな?でも、そんな話を聞いたことはないな。

龍に縁起をかつぎ、上り龍のようになれる年になりますように。と思ったら、もう6月、GWから一ヶ月です。

書院造

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おうちの歴史。
寝殿造…平安時代の貴族のおうち
書院造…室町時代の武士のおうちにある部屋
数寄屋造…書院造りを崩したくつろいだ部屋。茶室など。

ざっと、大ざっぱに簡単にまとめるとこんな感じかな。そして、現在の和室のもとになったのが、室町時代の書院造。いわゆる書院造3点セット「長押・違い棚・付け書院」が標準仕様。

GWの京都旅行では、この書院造を見るのも一つの目的だった。小中学校の歴史の教科書に載っているアレを見に行きました。

国宝・東山慈照寺「東求堂(とうぐどう」。いわゆる銀閣寺の中の東求堂にある「同仁斎(どうじんさい)」とよばれる部屋。この部屋が教科書に載っている定番の書院造の写真です。広さは四畳半。現在の四畳半の間取りの始まりといわれている空間。

案内の人が付書院の襖を少しあけると、満開の艶やかなキリシマツツジが一枚の掛け軸のように飛び込んできた。あまりにも美しすぎ、言葉を発することができず、ただただ溜め息をつくだけだった。書院造は素晴らしかった。

ちなみに、東求堂を見るためには、慈照寺(銀閣寺)の拝観料とは別に料金が必要です。そして、GWの慈照寺は観光客が蟻の行列でした。行くなら朝一番。また、今年の慈照寺は、庭園の花の開花時期とGWが重なり、とても美しかったです。

長谷川等伯

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安土桃山時代~江戸時代にかけて活躍した画家だが、勉強不足の私はよく知らなかった。

今年のGW後半、ささやかながら復興への一助になればと思い、福島県を中心にスキーと観光を計画していた。が、天気予報がよくなく、初心者を連れての山スキーはリスクがある。ということで直前に変更し、京都へ勉強に行った。

狩野永徳(1543~1590)は狩野派のエースとして有名だが、ほぼ同時代に長谷川等伯は生きている(1539~1610)。こんなことも知らなかった。上洛は30歳過ぎと遅いが、豊臣秀吉などに重用され、大寺院などに襖絵などを描き、有名なものが智積院(ちしゃくいん)に残されている。かつて京都にいたことがあったが、東山七条にある智積院には行ったことがなかった。

国宝「桜楓図」。本物を見ることができる。桃山文化を代表する作品。400年を経た作品なのだが、私に描けといわれても真似できない。すばらしい。形容詞を使うほど、陳腐な表現になってしまう。といって、豪華絢爛という桃山文化の説明で終わるのも悔しい。凡人にはコメントすらまともにできない。息子を亡くした父親の執念が描かせたのか。迫力の作品だ。

京都旅行について、不定期に連載していきます。

スキー4回目

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本日は一番最寄りのスキー場、富士見パノラマリゾートで滑りました。ここは近いのでいつも重役出勤になり、今日は朝10時過ぎから滑りはじめました。

さすがに3月、そして雨も何回か降ったので、パウダーは全くありません。春のざらめ雪です。しかし、気温が高く、太陽が出ていたのでよい具合に雪が解け、滑りやすくなりました。

天気は下り坂で、はじめは富士山や甲斐駒ヶ岳が見えていましたが途中から見えなくなり、逆に、始めは見えていなかった八ヶ岳が途中から稜線直下まで見えるようになりました。

3月に入り、スキーシーズン終盤のためか思ったよりもお客さんの数は少ないです。入笠山へスノーシューで行くお客さんはかなりいましたが。そろそろ私もスキー場から離れ、バックカントリーへ出たくなりました。

てれまくり2013

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今週末、3月3日から3月4日、白馬岩岳スノーフィールドで「てれまくり2013」が開かれます。名前のとおり、テレマークスキーがメインのイベントです。

今年で6回目になります。なんと、私は1回目・黒姫高原で開かれたときに参加しています。色々な企画が用意されており、とても面白かった記憶があります。年々規模が大きくなっているようで、久しぶりに参加してみたいと思ったのですが、残念ながら仕事で参加できません。

参加するにはチケットが必要です。確か、当日券もあります。詳しくは、ホームページを検索してください。

スキー3回目

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今シーズン3回目のスキー。場所は、またまた白馬コルチナスキー場。

滑ってみてびっくり。スキー場全体が、ごく一部を除いて滑走可能になっています。樹林帯は、事故責任エリアという名前で開放されています。前回はこのような記憶がなかったので、豪雪により、開放したのかな。

そして、この手のところを滑る外人が多いのにもびっくり。白馬エリアで山スキーのような雰囲気を味わえる一番のゲレンデかな。もちろん、ヘルメットは必需品ですね。多くの方が装着していました。

スキー場全体を見渡すと、ありとあらゆるところにシュプールが残っています。びっくり。

シャガール展2012 愛の物語

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シャガール展を見てきました。初めだと思います。約100作品が時系列に展示され、ヨーロッパの美術館のように、目の前で作品を見ることができたのにもびっくり。

順に見ていくと作風の変化もわかり、興味深く見ることができました。時代に翻弄され続けた中、愛を探して描いている作品には多くのファンがいるのもわかります。久しぶりに外国人画家の作品を堪能できました。

4月1日まで長野県の松本市美術館で展示され、その後、高知・長崎・新潟・京都へ巡回するそうです。なぜ、関東圏・東海圏の美術館で展示がないのでしょうか?入場者数を見込めると思うのですが…素敵な展示会です。お時間があれば、是非、足を運んで下さい。

スキー2回目

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昨日、「ピラタス蓼科スノーリゾート」でスキーをしました。

最高の天気で、北アルプス~中央アルプス~南アルプスまでの素晴らしい山々を一望のもと、ロープウェイを使い、スキーを楽しみました。2月上旬であり、ロープウェイ終点は標高2000mを超えるので、グッドコンディションでした。午前中はアルペンスキー、午後は、今シーズン初のテレマークスキーを楽しみました。一応、テレマークスキーの滑りを覚えていましたが、そうそうに足がつかれてしまいました。やっぱり、テレマークは体への負担が大きいですね。

晴天の週末ということもあり、登山者も大勢いました。お手軽な雪山登山というのでしょうか。たぶん、北横岳あたりの往復だと思いますが…。


スキー伝来 その2

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数日前のブログで、スキー発祥100周年について記しました。その補足です。

実は、レルヒ少佐が伝えたとき、ストック(杖)は1本だけを使うスキーでした。現在と同じ2本使う滑り方は、1930年に来日したシュナイダーさんが伝えたそうです。野沢温泉スキー場にシュナイダーコースとして名前が残っている方です。

また、国内初のスキーメーカーは、長野県のスキー発祥の地・飯山市の家具職人だった小賀坂濱太郎さんだそうです。

今年の冬は、日本海側では豪雪になっているようです。遅くまで雪が残りそうで、春スキーがとても楽しみです。

長野県スキー発祥100周年

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昨年は、日本のスキー発祥100周年でした。1911年、オーストリア・ハンガリー帝国より軍事視察のために来日したレルヒ少佐が、初めてスキーを日本へ伝えたのです。場所は、新潟県上越市の高田でした。

そして、翌1912年、高田で講習を終えた長野県飯山市の飯山妙専寺の住職・市川達譲さんが飯山でスキーを披露しました。今年はちょうど100周年になります。

さらに、翌1913年、白馬村へスキーが伝わりました。ということは、来年2013年は白馬村スキー発祥100周年です。

今年2012年、長野県のスキー場では、100周年記念企画を予定しているところもあるそうですよ。

今シーズンの初スキー

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遅蒔きながら、本日、今シーズンの初スキーをしました。お相手は、O君。場所は白馬コルチナスキー場。

朝5時30分、O君に迎えに来てもらい、中央道・長野道・下道をつかい、スキー場へ一直線。というわけにもいかず、途中で数回途中下車もしました。

白馬の雪は少なかった。厳密には小谷村だが。この2日間でもほとんど降っていないようだった。ということで、パウダーを期待していたが、どこにもありませんでした。そして、予想以上のよい天気になりました。今後のバックカントリーは、今日解けた雪が凍り、弱層面になり、雪崩の原因になること必至と思われます。

本当に天気がよく、陽気もよく、3月下旬の春スキーのような感じでした。初滑りとしては上出来でしょう。O君に感謝感謝。ありがとうございました。

大腸がん

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大腸がんの検診(便潜血検査)を受けました。年末年始の休暇を利用し、落ち着いてキットを利用して提出する、予定通りの検査です。結果は1ヶ月後くらいにわかるそうです。


国立がん研究センター がん対策情報センター がん情報サービスのHPには、次のように紹介されています。(一部抜粋)

大腸がんは、長さ約2mの大腸(結腸・直腸・肛門)に発生するがんで、日本人ではS状結腸と直腸ががんのできやすいところです。

大腸がんの発見には、便に血液が混じっているかを検査する便潜血検査の有効性が確立しており、症状が出る前に検診などで早期発見が可能です。早期に発見できれば完全に治る可能性が高くなります。

大腸がんにかかる割合(罹患[りかん]率)は、50歳代から増加し始め、高齢になるほど高くなります。大腸がんの罹患率、死亡率はともに男性の方が女性の約2倍と高く、結腸がんより直腸がんにおいて男女差が大きい傾向があります。

大腸がんの罹患率を追ってみると、1990年代前半までは増加し、その後は横ばい傾向にあります。大腸がんで亡くなる方の割合(死亡率)に関しては、1990年代半ばまで増加し、その後は少しずつ減る傾向にあります。男女とも罹患数は死亡数の約2倍であり、これは大腸がんの生存率が比較的高いことと関連しています。


健康で長生きできますように。

別世界へ

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先週の寒波で、八ヶ岳や甲斐駒の岩肌はうっすらと雪化粧をした。もう数回の寒波できれいに雪化粧し、見る人々を楽しませるでしょう。

そんな初冬の週末は珍しく南下し、太平洋の方へいく。どんな光景がまっているのだろう?

まずは、山中湖・パノラマ台からの富士山が楽しみだ。

名古屋国際木工機械展

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休日の今日、会社の同僚と名古屋国際木工機械展を見に、日帰りで名古屋へ行ってきた。ちなみに、展示内容はアマチュア向けではなく、業務用(プロ向け)である。

印象に残ったのは、105角の材料をカットする機械、105×45の材料をカットする機械、丸太を製材する機械、短い材をフィンガージョイントで長い材へ連結する機械などであった。

コンセプトはどこも同じで、より短時間でより高度な加工をできるようにし、端材などのロスを少なくするというものだ。要は「コスト削減」という一言に集約される。

こころのケア

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今日の夕方、長野県諏訪郡富士見町の富士見高原病院で「災害とこころのケア」というテーマでみんなの健康教室があった。

仕事の都合でいけるかどうか直前までわからなかったが、何とかいけそうと判断し、今日の昼に申し込んだ。

災害といえば、今年は東日本大震災をさす。講演の医師は精神科で、5月中旬、宮城県気仙沼市でこころのケア活動をしたとのことだった。ちょうど、私が災害ボランティアをしたのと同じところだ。

内容は、災害にあったあとの精神状態の変化、大きな出来事のあとの心身の反応、被災者の心理状態、PTSDについてなど、初心者向けの内容で有意義であった。多分、軽い入門書一冊分くらいの内容であろう。

自分の知識の無さを改めて認識するよい機会でもあった。

エピローグ

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5月4日の活動後、自分の車があるRQ本部まで送って頂いた。明日は帰宅し、6日から会社へ出勤しなければならない。
本部まで送って頂いた方は、唐桑VCの設立に深く関わっていた方で、車内で色々な話を伺うことができた。車で通る道も、5月2日とは異なり、また、別の被災地を目の当たりにした。

ここは約50軒からなる集落があったんだけど、2軒しか残らなかった。

見渡す限り、原野に近い状態になっていた。集落があったとは思えない。リアス式海岸が深く刻まれ、そこへ陸から流れ込んだ土砂が堆積してできたわずかな細長い堆積平野。当然、標高はほとんどない。大津波が襲えばひとたまりも無く、あっという間に破壊されたのだろう。

この集落では自衛隊の方々とすれちがった。連日、相当な整理をしたようで、ほとんど家の基礎しか残っていない。夕方5時を過ぎており、その日の任務を終えたほっとした表情を読み取れた。外見、20歳前後の若者ばかりだ。今は、彼らが日本を支えているのだ。この大震災での活動は、彼ら一人ひとりの人生にもとても重い経験になり、人生を左右することになるのは間違いない。大津波直後は、遺体が電線にひかかっていたり、あちらこちらに散乱していたという。マスコミでは報道されない、できない場面に数多く向かい合っているのだ。

その夜、自分の車で唐桑VCに戻った。
毎晩、夜のミーティングの後、ささやかな慰労会がある。ここでは色々な話を聞くことができ、大いに刺激になった。

ニシムラさんから「自分の仕事をつくる」という本を紹介された。この著者の本はいいよ、と推薦をされた。同姓だが別人で、RQ東京本部にて活動へ参加されているという。自宅の積ん読(読んでいない積んである本)にあったので、早速、帰宅後読ませて頂きました。

ボランティア活動の参加者は、意識の高い方ばかりだった。皆さん詳しくは語らないが、それぞれの職場で仕事ができる方ばかりだと思われる。逆説的の言えば、日常生活や仕事をまともにできない人がボランティア活動に参加しても多くの成果をあげることはできない。日常生活や仕事に全力で取り組み、充実した日々を過ごしたい。
ボランティア活動という表現は、社会活動へ無報酬にて参加する活動というイメージだが、実際は異なる。今の世の中は、お金を仲介にしてモノやサービスを取引する。しかし、近所づきあいやお金がない時代、お金が役に立たないところでは、モノとモノ、モノとサービスの物々交換だ。ボランティア活動ではお金をもらうことはないが、対価として色々な勉強をさせて頂ける。いろいろな価値観や日々の生活と縁の無い世界を見ることができる。
人の器は、出会いの数や体験の数で決まるともいう。
決して無償活動ではない。敷居の高い感じがする、どのように応募すればよいのかわからない、というとりかかりにくい面があるのは確かだが、一歩を踏み出そう。その人なりの新たな財産が増えるのは間違いない。ちなみに、はじめは1泊2日くらいから自分の体力・能力を考えて。ただし、一時的に財布は軽くなりますが…


5月5日朝6時過ぎ、東京方面へ帰宅するメンバーを見送った。日中、東北道が大渋滞するのは必至なので、早く出るという。一緒に唐桑VCへ来たナガイさん、オカザキさんも車内の人になった。オカザキさんは明日から熊本へ出張とか。皆様、お疲れ様でした。

私も8時過ぎに唐桑VCに別れをつげた。一人なので、気になっていた岩手県陸前高田市へ寄ることにした。報道されているとおり、陸前高田は大津波のすさまじい被害を受けたところで、唐桑半島からは県境を越えてすぐの所だ。
陸前高田へ入ると、国道から大迂回をさせられ、JR陸前高田駅に着いた。正確には、駅だったところに着いたというべきか。駅舎はなく、漂着物の残骸しかない。

街一つが一瞬にして消えたという感じ。

走っている車は、自衛隊関係と廃棄物を運ぶダンプカーばかり。表現できる世界を超えている。
途中、自宅跡と思われるところで何かを探している家族を見かけた。大切なものなのだろう。街が消える瞬間を見ていた人は、生涯忘れることができないだろう。生存者にしができないこと、現実を見届けた人として、語り継ぐことをお願いしたい。
人は語り継ぐことにより、歴史をつくり、現在があり、未来を模索している。未来は過去がなければ、砂上の楼閣と同じで成り立たないのだ。


岩手県・一関ICより東北道へ入り、南下する。仙台郊外・村田JCT先より東京方面はあちらこちらで渋滞の表示が出る。GW後半の恒例行事だ。遠回りだが、山形道へ入り、庄内平野・鶴岡から国道7号線を南下し、日本海東北自動車道-北陸道-上信越道-長野道-中央道ルートにする。時間計算できない渋滞より、計算できるルートを選んだ。何とか今日中に帰りたい。眠さとの競争になるのは必至だった。

往復走行距離約1400km。大好きな東北へどれくらいの貢献ができたのかは心許ない。ほとんど何も貢献できなかったのと同じだと思うが、自分なりの充足感はあった。
ミシマさん、バンノさん、ニシムラ夫妻、ウエノさん、セキグチさんをはじめ、多くの皆様にお世話になりました。ありがとうございました。

被災地ボランティア生活7

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11 食事
ボランティアとして現地へ入る時期、復旧状況、ベースキャンプ周辺の状況や組織により、大きく異なります。

今回の状況
電気・水道は復旧しており、食品も調達できている状況でした。そのため、登米本部・唐桑VCともにご飯の提供はありました。
ただし、おかずはありませんので、各自での用意になります。お昼のお弁当は、おにぎりのみセルフサービスで提供されました。
なお、カセットコンロやキャンプ用ストーブ類の使用は禁止されていました。そのため、料理をしたくてもできない状況であり、缶詰類やカロリーメイトなどが中心になります。レトルトパックを温めることは可能だったようです。
また、状況として、野菜や果物の生鮮食料品が極端に不足しているので、これらを差し入れると、非常に喜ばれます。

ちなみに、コンビニは登米本部・唐桑VCともにすぐ近くにはありませんでした。
唐桑VCは近くの寿司屋や食堂が営業をしていたので、夕食は、メンバーの一部と外食しました。地元の店で食事をすれば、結果として地元経済(主に農林水産業)へ仕事やお金が回転することになります。
東京資本のコンビニなどで弁当を購入しても、地元の農林水産業の方へは直接波及するとは思えません。被災地で営業している店があれば、極力地元の店で購入・食事をするのが募金よりも役に立ち、喜ばれます。ただし、長期滞在の場合、毎回外食では経済的に苦しいため、自炊中心になると思われます。


12 お風呂について
基本、入浴できないと考えてください。ただし、近隣のご厚意により、男女交代で入浴させていただけるところもあります。
また、お風呂はご厚意により利用させていただくので、使用後の風呂桶、イス、シャンプーなどはきれいに整理してください。脱衣室もぬらさないようにするのは当然です。
(信州在住の私は地元の温泉をよく利用するのですが、マナーを知らない旅行者が時々います。大変見苦しいので、ボランティアとして特別に入浴させていただくときは、特に注意してください。)

今回の状況
東北本部(宮城県登米現地本部)では、近隣のご厚意により、入浴させていただいているようでした。ただし、全員が入れるわけではないので、時々と考えればよいでしょう。
唐桑VCも同様でした。ただし、国民宿舎唐桑荘では午後4時までの受付に限り、300円で入浴することができました。ボランティアは15時終了が基本でしたので、作業場所によりますが、入浴しやすい環境でした。
私は、唐桑VCの2泊目、作業後、皆と入浴しました。他のボランティア組織の方や他府県から応援の警察官も入浴にきていました。

13 お金(ATM)
現金が無難です。
電気やオンライン回線が復旧していなければ、金融機関やコンビニなどのATMは使えません。また、クレジットカードなども同様です。
財布とカバンなど、数カ所にわけて持参するとよいです。また、1万円札は避け、千円札やコイン中心のがよいと思います。

14 救急用品・薬・目薬・コンタクトレンズ類
被災地では店自体がほとんど営業しておらず、また、物資も豊かではありませんので、欲しい薬を手に入れるのは難しいと思われます。
持病の薬や救急用品(ファーストエイドキット)、目薬は持参するとよいです。また、コンタクトレンズ類の洗浄用品も同様です。



問い合わせについて
問い合わせ担当(総務)は、企業の総務部のようにいろいろな内容すべてを把握しているわけではありません。また、現場でのニーズも日々変化しているため、活動するタイミングに合わせて色々な方面から情報を仕入れ、予想し、準備をしてください。

(ボランティアの総務は長期間活動できる人が求められるため、必然的に学生中心になります。そのため、効率的ではない部分があることを考慮してください。ただし、学生ボランティアは非常に意識の高い優秀な方ばかりです。自分の学生時代と比べると、意識・能力は雲泥の差です…。

ボランティアのボランティアという仕事は、本当の裏方になり、直接感謝をされることは少ないと思いますが、彼ら・彼女らがいなければ、ボランティア活動ができません。深く感謝申し上げます。)

被災地ボランティア生活6

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9 現場での作業に使う道具
先発隊として被災地へ乗り込むのでなければ、ベースキャンプなどへ道具は用意されています。特別な指示がなければ、持参する必要はありません。
ただし、特殊技術をもっているのであれば、その道具を持参するのもよいです。今回、チェーンソーを持参されている方がいました。普段から仕事等で使われているとのことでした。

10 IT機器
☆携帯電話
必携です。ただし、通常の携帯電話ではインターネット接続ができない(情報量が少ない)ため、スマートフォンが理想です。
また、現地からブログに載せるため、文章をスマートフォンへ大量に打ち込む場合、キーボードがあると便利です。エレコムやリュードからBluetooth接続する折りたたみキーボードが商品化されています。

☆ノートパソコン
震災直後は使えませんが、電気が復旧しインターネットが使えるようになれば、あると便利です。特に、組織が大きくなり、総務的な仕事が必要になり、担当する場合は必携です。
ワイヤレス(無線)LANができるノートパソコンがよいでしょう。
また、個人で用意する必要はありませんが、大きな組織ではプリンター、いろいろな文房具なども必要です。

☆電源について
携帯電話の充電器は必携です。
ただし、宿泊するところによっては、充電できない(電気を使用できない)ところがあるため、単4乾電池などを携帯電話へ外付けする簡易充電器と乾電池を用意する必要があります。
また、三洋電機・エネループ・モバイルブースター(KBC-L2BS)という商品は、約4時間出力できるUSB出力付リチウムイオンバッテリーです。
車があるときは、車のシガーライターを増設するパーツにUSB対応のものがあるので、用意をしておくと車内でスマートフォンの充電ができます。

今回の様子
携帯電話は、約8割の人がスマートフォンでした。さすがという感じです。電気は使用できるようになっており、携帯電話への充電も可能でした。ただし、充電器はありませんので、持参する必要があります。
長期の方はノートパソコンも持参しています。唐桑VCでは無線LANができるようになっていたので、交互に接続してインターネットを使用しているようでした。

被災地ボランティア生活5

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8 その他、作業時にあると良いもの
☆ヘルメット(帽子)
半分倒壊しているような現場周辺で作業するときや強風の日には、必要です。強制ではありませんが、あったほうが無難です。

☆ゴーグル(サングラス)
現場や天候により、砂ぼこりがひどく、細かい砂などが目に入りやすいため、必要です。ゴーグルは蒸れやすいので、目の横まで広く覆うサングラスでもよいでしょう。
アスベストを使用している現場もあるので、注意が必要です。

☆マスク
理想は、防塵マスクの立体型です。なければ、花粉症の時に使うマスクでもOKです。一日一つ以上使うので、活動予定日数+αの用意をしましょう。
アスベストを使用している建築物もあるので注意が必要です。

☆手袋
ゴム手袋など、ぬれないもので、肘まで覆う長いタイプがよいです。また、ゴム手袋の中に軍手など、薄いものを使い、2重にしてもよいです。

☆名札
企業などで使用している首下げタイプが多いです。ただし、作業中、前かがみになるときには邪魔になるため、スキー場のリフト券を入れる腕章型のケースのがよい現場もあります。

☆カバン
貴重品などを入れるウエストバッグなどは必要です。その他、飲み物・弁当などを入れるリュックサックがあるとよいです。
雨や水没によりダメになるもの(書類、携帯電話など)は、冷凍庫で食品を保存するビニールケース(例.ジップロック(Ziploc)・フリーザーバッグ)に入れておくと安心です。

今回の様子
ヘルメット・ゴーグルは貸し出しをしていました。しかし、サイズ・数に限りがあるので、自分の身を守るものは自分で用意するのが無難です。名札は、名前・写真入りのものを受付時に作成し、首下げタイプの名札入れを貸与されました。マスク・手袋・ジップロックは余分にもっていくと役立つかもしれません。
また、被災地では洗濯ができません(水道の復旧していなところもあります)。下着類は使用後に処分できる着古したものがよいです。また、上着は汚れるのが前提になるため、穴が開いたり、擦り傷がついても問題ない服装がよいです。
ただし、行政のゴミ回収は機能していないため、現地でゴミとして処分できず、すべて、持ち帰りになります。

被災地ボランティア生活4

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6 上半身の服装
☆下着(シャツ)…暑いときは、シャツ一枚で活動するときもあります。
長袖シャツ。Tシャツは不可。理想は、速乾性のシャツがよいです。汗をかいたり、雨で濡れたときも乾きやすいです。ホームセンターなどで安く売っています。

☆中間着
薄いフリースなどがあるとよいです。ダウンジャケットはコンパクトになりますが、濡れると使えなくなるため、天気・作業現場に左右されます。現場での休憩時に着脱しやすいもの、カバンにしまいやすいものがよいでしょう。

☆上着
理想は、ゴアテックスなどを使用している防水・透湿の素材を使用した雨具(上下で2~3万円する登山用雨具)ですが、災害現場で新品を使うのはもったいないです。必ず汚れます。また、作業によりひっかき傷や穴があくこともあります。使い古しの処分に迷っている登山用雨具がよいです。
雨具がなければ、ウィンドブレーカーなど、防風の汚れてもよい、使い古しのものにしましょう。

7 下半身の服装
☆靴下
特になし。穴の開いていないもの。穴があいていると、靴ずれが起きやすく、次第に作業に影響します。雪の中で活動するときは、厚手のタイプを使うとよいです。

☆下着
特になし。低温下では、ズボンの下にはくタイツもあるとよいでしょう。

☆上着
長ズボンであればOK。
その他は、上半身の上着と同じ。

被災地ボランティア生活3

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4 靴
a 長靴  b 登山靴(ハイカット) c 運動靴(スニーカー)
a…長靴が基本。膝下までくる長いタイプが理想です。津波・液状化現象などで足下がぬかるんでいるときは、これしかありません。
b…ぬかるみがほとんどなく(水たまり程度)、足場の悪いところで作業をするのであれば、登山靴(ハイカット)が動きやすいです。長靴より足下がしっかりし、踏ん張りがきくので、ねんざなどは起きにくいと思います。
c…現場で作業をしないとき(避難所への訪問など)は、運動靴で十分です。ただし、車を降りてから目的地まで距離があるときは、現場を歩く場合もあるため、1か2がよいです。

5 靴の中敷き
釘の踏抜防止のため、ステンレス合板の入った中敷きを靴のサイズに合わせて用意するとよいです。ホームセンターなどで売っています。
ただし、釘の踏み抜きについては、ステンレス合板入りの中敷きを使用していても、場合によっては貫通します。1m位の段差を飛び降りるときは、十分注意してください。
実際、作業中にステンレス合板入りの中敷きを使用していたのに釘が貫通したという事故があったそうです。たまたま、ボランティアに医師がおり、破傷風防止の注射をすぐ打ち、事なきを得た、と聞いています。

今回の様子
私は長靴と登山靴を用意しましたが、長靴は一度も使用せず、すべて登山靴(ハイカット)で作業をしました。震災から49日も過ぎ、現場のぬかるみはほとんどない状態でした。ちなみに、他の方はほとんど長靴でした。
私が使用した登山靴は、ハイカットで12本アイゼンを装着できる、ソールがかなり厚いタイプで、ゴアテックス使用の防水仕様です。長靴より作業しやすく、釘の踏み抜き事故も少ないと思います。
アイゼン対応でない登山靴はソールが比較的薄いため、長靴とどちらがよいかは微妙と思われます。ゴアテックス等の透湿素材を使用している靴であれば、蒸れずに快適と思われます。
また、低温下(雪の中)で長時間作業をする場合、保温素材の入った靴や厚手の靴下を使用するなどの対策をとらないと、霜焼けになるでしょう。

被災地ボランティア生活2

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2 宿泊手段…おもに3通り
a 車内泊  b テント  c ごろ寝(雑魚寝)

a…自分の車に寝られるスペースがあり、駐車場まで近いとき。
b…体育館などの屋内や公園などの屋外にテントを張るスペースがあり、使用許可のあるとき。
屋外の場合、雨(雪)・強風でも問題ないテントで、ペグや細引きが必要です。
理想は、ペグと細引きでしっかり固定できる山岳用テントです。
体育館(屋内)で使用するときは、自立式テントが必要です(ペグや細引きを使えないため、ツェルト・シェルター類は不可)。
また、大雪のとき、テントは厳しい生活になるでしょう。
c…体育館など、屋内で寝られるスペースのあるとき。

3 寝るために必要な道具
a シュラフ(寝袋) b マット c テント

a・b…必要。
c…寝る場所によりけり。使えると快適。

今回の様子
私は宿泊手段として、a・b・cすべての準備をしました。結果として、初日がa、残りがcでした。
初日、登米本部(体育館)はすでに自分のテントを張るスペースがなく、屋外にはテントを張れない状況でした。また、体育館内のごろ寝スペース(「ごろ寝天国」という別名)も満員でbとcがダメ。結果、すぐ近くに車をとめてもよいという許可があったので、車内泊になりました。

道具については、エアーマットと4シーズン(雪山対応)シュラフを用意しました。もっとも、4シーズンシュラフに入ると暑いので、上布団として使いましたが…。GWですが、ちょうど桜が満開で、明け方はそれなりに冷えました。
体育館内は板張りの上に寝るため、かなり冷えます。マットを用意し、シュラフ(寝袋)はある程度の低温まで対応できるタイプのものがよいでしょう。

ちなみに、登米本部(体育館)のテントは翌日から減らされ、ごろ寝スペース(ごろ寝天国)が広くなりました。また、周辺への駐車は禁止され、近くの駐車場(徒歩5分)も満車になり、車で約10分の道の駅に用意された指定場所への駐車となりました。そのため、a・bは事実上できなくなったと思われます。

2日目以降は、唐桑VCの畳の上で雑魚寝をしました。体育館より快適と思いますが、マット・シュラフは必要です。他には、車内泊やテント泊の方もいました。
長期の方は、自分のテントを近くの屋外に張り、寝泊まりしていました。個人のプライバシー空間を持つことができるので、長期のときはよいと思います。

ただし、テントスペースには余裕がなく、1人用または2人用の山岳用テントが中心でした。三陸地方は特有の強風の吹く日があるため、張りっぱなしにするときはペグと細引きで固定できる山岳用テントが安全です。
実際、強風の日、テント内に荷物をかなり置いていたテントが飛ばされています。夜のみ使用し、昼間はたたみ車内などにしまうのであれば、ホームセンター・スポーツ用品店などで販売しているキャンプ用テントでも大丈夫と思われます。
また、長期のとき、普段のパジャマを持参するとよいです。リラックスできる度合いが異なるでしょう。

被災地ボランティア生活1

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活動するタイミング・ボランティア組織により、仕組みが大きく異なるため、参考にしてください。
※下記の内容は、GW(地震発生後、約50日)の内容です。


1 一日の流れ
一日のタイムスケジュールは以下の通りでした。もちろん、活動する組織・タイミング・場所により変化します。

6時30分~朝食
7時30分~ミーティング
8時30分~出発・活動開始
12時~昼食
15時作業終了
18時~夕食
19時30分~夜ミーティング
23時消灯

5月4日その2

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大津波の被害は、地形の微妙な起伏、半島の角度、海底地形が大きく影響している。また、建物のすぐ前に津波のエネルギーを吸収する他の建物の有無も大きい。陰になる建物は浸水しただけで倒壊からはまぬがれている。

震災前は海辺がよいという声があり、人気は高かったが、昔から人が住んでいる高台を見直す声が高まっている。宮城県では被災地域により、建築基準をもうけるようだ。仮設住宅はできるが、本格的な建築はすぐには難しいようだ。

よく、土地を買うとき、古い地形図や地形名を見ろという。
最近の市町村合併や町名変更による地名では、その土地の様子はわからないが、昔からの地名はその土地の様子を的確にあらわしていることが多い。慣用句ではないが、格言もある程度は重視するべきであろう。

だが、理屈や情報では理解していても、先祖代々から引き継いだ歴史ある、そして、自分の存在証明になる土地・家を手放すことは精神的に簡単にはできない。

5月4日

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災害ボランティアのメンバーは、毎日入れ替わり立ち替わり顔ぶれは変わるが、関東地方を中心に各地から色々な方が来ている。東京はいうまでもなく、北海道・千葉・神奈川・愛知・京都・大阪…、もちろん、東北地方の被災されていない方、そして、被災地出身の方も。
物理的な距離から関西以西の方はいない。関西からは北陸道・磐越道・東北道を使い、被災地入りをするようだ。距離的には名神・東名・首都高・東北道と差はないらしい。
韓国人・中国人・オーストラリア人・ニュージーランド人など、留学生や日本在住の方も見かける。日本人は留学や海外生活経験のある方が多く、普通に英語で彼らとやりとりをしている人が多い。英語を操れない私は、悔しさを感じた。

ボランティア渋滞という言葉もうまれ、各地でボランティアが活躍している。GW中日のこの日、RQ東北本部の登米には約220人が集まり、寝泊まりする体育館が一杯になったらしい。

社会人はGW以外には連休をとりにくいので、この機会を逃すと現地入りすることはなかなか難しい。また、6月からETC休日1000円が無くなると、遠方からは金銭的に難しい。「災害支援」で高速道路の出入口を事前申請すれば通行料金は無料になるようだが、組織などに入っていなければ使いにくい。

日本の援助はお金だけで、人が行かないので顔が見えないという。今回、大震災直後から現地が気になっていたが、現地入りする余裕はなく、とりあえず募金しかできなかった。
悔しかったが方法がない。また、医療関係でない私が行ったところで、何ができるかということもある。復興の度合いにより、必要と思われるときにタイミングが合えば参加するしかなかった。

自分を守り、かつ、応援するのは相反することが多い。
登山中の遭難救助と同じだ。危険なところで遭難者を見つけた場合、自分の安全確保が大前提になる。二重遭難という言葉がある。遭難救助に行った人が遭難しては意味がない。ミイラ取りがミイラになっていはいけない。
ということは、状況によっては冷酷な判断を求められる。一緒に行動している人が危険なところで遭難したら…。愛する人・親友・大先輩…、彼ら彼女らを見捨てるのか…

何が課題なのか、自分の弱点なのかを見つけ、日頃から知恵をつけるのだ。

5月3日

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ここは風光明媚な土地。海の幸はいうまでもなく、山の幸もすぐ手に入る。
かつては、遠洋漁業で7つの海を駆け回り、漁をした。期間は1年~2年と長かったが収入もあり、皆、立派な家をつくった。唐桑御殿と呼ぶんだ。

目を細めて遠くを思い出すように初老の男性は語った。
自宅は津波で被災し、つてを頼って同じ市内に住まいを借りたようだ。もっとも、市町村合併により一つの市になっており、数年前までは別々の市町村だ。他の町への引っ越しと同じであろう。

この方の新しい住まいの玄関にかけての階段補修へゴトウさんと二人で出かけた時の話である。話し相手は奥さんしかおらず、地域の男性はいろいろな集落の用事でてんてこまい。知り合いもいないので、話を聞いて欲しいという雰囲気があり、話を始めると止まらなくなる様子がある。残念なことに、すべての話を伺うことはできなかった…


東北地方にはがまんする文化がある、というが、精神的なケアをもとめているように感じた瞬間だった。心のケアは私のような者には難しい。

5月2日

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5月2日朝5時前に起き、準備をする。
昨夜、寝る前に色々と段取りをしたので、後は軽い準備だけだ。レーズンロールとさつまいものコロッケを食べ、荷造りをする。

2泊3日の予定で、宮城県気仙沼市唐桑半島のRQ唐桑ベースキャンプ(唐桑VC)へ遠征し、活動するチームに入った。現地には専属のメンバーがいるとのことだった。
自分の車は本部駐車場において他の方の車に相乗りのため、パッキングに頭を悩ませた。想定外のため、大きなザックがないのだ。結局、トートバッグ2つ、シュラフ(寝袋)、小さなリュックの合計4つになんとかまとめた。

朝7時半からのミーティング前に、お昼用のおにぎりを2つつくった。
ご飯は炊いてあるので、セルフサービスで作るように指示があり、丁寧なことに、ラップと中に入れる具が5種類くらい用意してある。
これだけの量のご飯を用意するだけでもとても大変だ。食事当番の方ありがとうございます。そして、その食材の調達担当、ボランティア活動を支援して下さる皆様、ありがとうございます。

実際、現地でご飯と汁物が出るかどうかの有無は大きい。当初、GW中はご飯の提供はないとのことだったようだ。自分でご飯を炊くことはできるが、ガスの使用は禁止されているのでつらい。

ミーティング後、車3台に分乗し、登米本部から唐桑VCへ出発。
私は、オザワさんの車に乗せていただいた。他には、ナガイさん、オカザキさんが一緒だった。オザワさんは山梨、ナガイさんは神奈川、オカザキさんは東京からで、ナガイさん・オカザキさんのお二人とは活動期間も全く同じだった。

天気は快晴。春の穏やかな車窓風景を眺めながら、旅気分で世間話をしていると、いきなり景色が変わった。

茶色の世界。「え、こんな所まで津波が…」

唖然とした。その場所は、明らかに海岸から遠く離れていた。

自然の前では、人間は小さい存在でしかないことを改めて感じさせられた。
津波対策を十分にしてきた「つもり」だったが、この現状である。

今回の東北大震災では、約3万人の方が死亡または行方不明だ。
この生死をわけた境目は何だったのだろう。

地震発生後、すぐに津波がくることを想定し、さらに、地震の様子から従来より大きな津波がくるということを感じることができ、さらに条件のそろっていた人だけが高台へ避難できたのだろう。

鋭い感覚と柔軟な思考力、仮説力が問われたのだ。
ただ、津波が到着するまでの時間が短く、あまりにも過酷な状況であったのは間違いない。

自分の命、家族の命、近隣の命、皆の命。命を救おうと懸命であったのは事実だ。

この日、沿岸部には強風警報が出ており、予定されていた活動は中止になり、近くの民家での作業になった。
昼休みの時に見た太平洋は、非常に穏やかだった。海は透き通り、エメラルドグリーンに輝いていた。大津波なんて想像することもできない美しさだった。
プロフィール

すーさん

Author:すーさん
まわりを高峰に囲まれた土地、信州・八ヶ岳山麓より発信しています
→山梨県の桃源郷へ引越ました。桃の花が咲く季節は絶景ですよ。

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