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奥秩父・金峰山登頂記録

Category : menu3 山
またまた、「てっぺんまで登れなかったのが残念。悔しいの」というので、風か強かったし、ヘルメットやハーネスがないとリスクが高いよ、といってなだめました。相変わらず、岩を見ると、かじりつくみーちゃん。

世間は3連休の初日の昨日、朝から金峰山へ出かけました。大弛峠へつくと、すでに駐車場は満車で、路肩へ置くことに。下界は暑い日々なのに、標高2360mの峠は寒いくらい。

峠から金峰山までは多少登りはあるものの、北アルプスのような急登はないので、順調にすすみ、予定通り昼前には山頂に。シンボルの五丈岩には多くの人がかじりついていますが、てっぺんまで行ったのは数人でした。

はじめて金峰山へ登るみーちゃんは、この岩をみるやいなや、休憩は後にして登ると言い、さっそくかじり付きます。が、中程にある段差を乗り越えられません。女性の皆さんは、皆ここで困っています。ようやく、ほかの女性にお尻を押し上げてもらい、何とか乗り越えました。しかし、この先は危険で、男性もほとんどは断念。僕もその一人。みーちゃんも諦めましたが、残念そうで、冒頭の言葉がでてきました。無理すればいけそうですが、落ちたときの代償はかなり大きそうです。

さて、ようやく昼食。みーちゃんお手製のお弁当を頂きます。うーん美味。食後にお茶をわかしますが、もう寒い。鼻水垂れ小僧です。ソフトシェルの上に雨具を重ね、ようやく暖がとれました。

朝の中央道では八ヶ岳や富士山ははっきり見えていたのですが、金峰山の山頂からは拝むことができず、遠望を楽しむことはできませんでした。次は、遠望を楽しめるときに登りたいな。
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富士見高原療養所 富士病棟

Category : menu4 active
堀辰雄、竹久夢二、山口耀久、伊藤礼に共通することは?

彼らが一時期を過ごしたのが、富士見高原療養所。結核治療をするためでした。その療養所、富士病棟の一部が現在のJA長野厚生連 富士見高原医療福祉センター(旧、富士見高原病院)に残されていますが、老朽化と治療を充実させるため、今月10日より解体されることになりました。

ということで、昨日まで解体前の特別公開があり、いそいそと出かけてきました。

一日あたりの入院費は、一番安いベッドで、庶民の日給一日分に近い金額で、裕福な家庭の人しか入院することができなかったとのこと。写真もいくつか展示してあり、まるで海辺のリゾートのようにデッキチェアがならび、日光浴をしています。食事をつくる厨房も当時の最新の機材がならび、おいしいものを提供していたようです。

結核というと、当時は不治の病で、隔離病棟のイメージしかないのですが、このようなところがあったとは。

建物自体は一部一部改修はされていたようですが、さすがに古さは隠せないですね。1926年の建築だそうです。もう90年近く働いたわけです。ご苦労様でした。ちなみに、作家・堀辰雄の名作「風立ちぬ」は、ここでの入院中のできごとをもとに誕生したそうです。
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まわりを高峰に囲まれた土地、信州・八ヶ岳山麓より発信しています
→山梨県の桃源郷へ引越ました。桃の花が咲く季節は絶景ですよ。

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